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福岡高等裁判所 昭和48年(う)198号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官田原迫卓視提出の控訴趣意書(検察官国分則夫名義)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

同控訴趣意(法令適用の誤)について。

所論は要するに、原判示第五、(一)の無免許運転と同(二)の酒気帯び運転とは併合罪と解すべきであつて、これを一個の行為にして二個の罪名に触れるものとして刑法五四条一項前段を適用した原判決は、法令の適用を誤つたものであり、その結果処断刑が異なることになり、右の誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというのである。

よつて検討するに、およそ刑法五四条一項前段に、いわゆる「一個ノ行為」とは構成要件的評価以前の自然的(事実的)行為を社会的見地においてみた段階のものであり、それ故に単なる自然的行為ではなく、社会的に有意味な態度として、且つ後に規範的評価の対象となり得るものでなければならない点においても、社会関係的に限定された行為である。これに対して、「数個ノ罪名ニ触レ」る場合とは、右の意味の社会的行為に対し刑法的評価を加えた後の特定の構成要件的所為をいうものである。したがつて、いわゆる観念的競合罪の場合には、一個の右の社会的行為が刑法的には数個の犯罪的所為であるのに対し、併合罪にあたつては、右の社会的行為そのものが既に数個とみられる場合でなければならない。

そうすると、観念的競合罪であるか併合罪であるかの判断基準は、右の構成要件的評価以前の事実的行為が社会的意味において一個の行為であるか否かに存し、さらに、右にいう社会的行為(正確には反社会的行為)の個数(単位)は、具体的にして現実的な行為意思が、社会的にも一個とみられ得るか否かに帰着する。したがつて、一個の行為とみるべき核心は単なる行為の外形的様態の自然的見地からみた同一性又は時間的重なり合いではなくて、行為に現われる意思が社会的に(社会的意味において)単一とみられるところにある。

そこで、本件の如く無免許運転行為と飲酒(酒気帯び又は酒酔い)運転行為においては、犯罪的評価の対象たる社会的行為としてこれをみる限り、単なる無色の運転行為のみではなく、前者が無免許の上の運転であり、後者が飲酒して後の運転であることに明らかな如く、無免許又は飲酒と運転がそれぞれ不可分に結合せる行為であつて、たとえ運転行為のみを同じくしても、結合的全体としての各行為は、これを社会的にみる限り同一視することはできない。また、行為者においては無免許であることと飲酒もしていること(酒気を帯びていること)を各別に意識し、それぞれの規範的刺激を受けながら、あえてこれを侵害するものであつて、行為者の意識内に生起する反規範的な意思は現実的にも明らかに二個であり、事実的(因果的)にも強弱の差を有しながら独立的に並存し、更に、その運転行為は社会的にも(とくに、無免許運転と飲酒運転が常に別個独立の違反行為として成熟せる社会的状況においては)右の二個の意思を表現するものであることが認められる。

(右と異なり、例えば二個(又はそれ以上)の反規範的意思が、事実的に一方の意思に抱括(包含)されるか又は非独立的に内在する場合には、社会的にみればその行為意思は一個とみられるが、構成要件的故意としては明らかに二個であつて、刑法的には数個の罪名に触れることになる。)

そうしてみれば、無免許運転行為と飲酒運転行為(酒気帯び又は酒酔い運転行為)は、たとえ運転行為を同じくする場合であつても、社会的に(右にいわゆる社会的意味において)一個の行為とはいえないから併合罪の関係にあるものと解すべきである。

ところで、原判決の確定した事実関係によれば、被告人は公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四七年一二月一二日午前零時五五分頃から五八分頃まで、北九州市若松区白山一丁目九番三六号追田組事務所前から同白山二丁目一番若松小学校裏まで、普通貨物自動車を運転したものであるが、同被告人は右運転前に飲酒して、呼気一リットルにつき〇、二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有した状態で右自動車を運転したというものである。したがつて、本件無免許運転の所為と酒気帯び運転の所為は、刑法四五条前段の併合罪の関係にあるとみるのが相当である。しかるに、これを刑法五四条一項前段の関係にあるとした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その違法が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に則り、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為中、第一の傷害の点は刑法二〇四条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条に則る)に、第二の暴行の点は刑法二〇八条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条に則る)に、第三のうち公務執行妨害の点は刑法九五条一項に、傷害の点は同法二〇四条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条に則る)に、第四の窃盗の点は刑法二三五条に、第五、(一)の無免許運転の点は道路交通法一一八条一項一号、六四条に、同(二)の酒気帯び運転の点は同法一一九条一項七号の二、六五条一項、道路交通法施行令四四条の三に、それぞれ該当するところ、原判示第三の公務執行妨害とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段一〇条により一罪として重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとし、原判示第一、第二及び第五、(一)、(二)の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及犯情の最も重い原判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処する。なお、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(平田勝雅 竹田国雄 塚田武司)

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